研究員の論文
南太平洋地域における国連食糧農業機関(FAO)の活動

社団法人太平洋諸島地域研究所研究員 泉正南 (いずみまさなみ)
初出:「パシフィック ウェイ」1999 夏号(通巻111号)pp.6-15.

はじめに 
本年、社団法人「日本ミクロネシア協会」は設立25周年を迎えたのを機に、5月に社団法人「太平洋諸島地域研究所(The Japan Institute for Pacific Studies: JAIPAS)」に改称した。同協会が25年間果たしてきた南太平洋地域研究及び交流における重鎮的な役割は広く知られるところである。日本政府の対太平洋諸国地域外交政策の陰の力となり、民間交流の橋渡しとなり、地域研究の促進や地域情報の提供を行うなど、ミクロネシア地域にとどまらず、太平洋地域全域を対象とし、活動分野も多岐にわたってきた。21世紀を迎えるにあたり、その役割は益々大きなものになるであろうと確信している。名称変更にともなった太平洋諸島地域研究所情報誌の創刊に際し、日本ミクロネシア協会の25周年と太平洋諸島地域研究所の新たなスタートを南太平洋のサモアから祝したい。 

さて、先進諸国や国際機関などによる太平洋諸国地域に対する経済援助は、まるで援助合戦の如く数多くあることは良く知られている。ところが同諸国地域において先進国が実施する二国間援助に比べ、国際機関(WB、IMF、ADB等)や国際連合機関(UNDP、FAO、UNESCO、WHO、ESCAP、ILO、IMO、UNEP等)が実施する多国間援助の実態を紹介した資料は少ない。本稿は間隙を埋めるべく、筆者が1998年1月から勤務する国際連合食糧農業機関(FAO)南太平洋地域事務所の活動を中心にFAOの太平洋地域における活動を包括的に紹介するとともに、同地域におけるFAOの役割と今後の課題をまとめたものである。   
1. FAO南太平洋地域事務所の開設と役割 
FAO (Food and Agriculture Organization of the United Nations) は、@世界各国民の栄養及び生活水準の向上を計り、A食糧及び農業・林業・漁業のあらゆる生産物の増産を計り、配分を改善し、B農民住民の生活状態を改善し、C以上によって世界経済の発展に寄与することを目的に1945年に創設された国連の専門機関である。現在、その規模は国連専門機関の中でも最大である。食料安全保障(Food Security)をテーマに掲げ、FAOはそれらの目的を達成するために土地及び水利用開発の促進と農水産物の国際的取引きの安定を図り、特に農産物の新品種の交換、新技術の普及、家畜の疫病絶滅、土地の浸蝕防止、植林、灌漑工事、余剰農産物の処理、水産資源の管理・有効利用などに対する技術協力を主要活動としている。本部はイタリアのローマ市にある。 
       
FAOの行政分権政策の一環として、太平洋地域の加盟国(現在、クック諸島、フィジー、パプア・ニューギニア、サモア、ソロモン諸島、トンガとヴァヌアツの七ヶ国)により接した事業展開を図るため、在サモアFAO代表事務所は1996年に在サモアFAO南太平洋地域事務所(FAO Sub-Regional Office for the Pacific Islands)に改称・改組された。同地域事務所は通称FAO/SAPAとして知られている。FAO/SAPAは太平洋地域に設置された唯一のFAO事務所である。 改組によって、従来のFAO代表事務所としての役割に加えて政策支援部門(Policy Assistance Unit)と混成技術部門(Multidisciplinary Technical Team)が新たに設けられた。政策部門には農業政策担当官(Agriculture Policy Officer)が、技術部門には土地・水資源管理(Integrated Natural Resources Management <現在欠員>)、農場・市場開発(Farming System Development & Marketing)、植物疫病(Plant Protection)、森林資源管理(Forest Resources Management)、水産(Fisheries)、食料・栄養(Food & Nutrition)及びWID(Women in Development)の分野を担当する専門官が配置されている。上述の分野のみならず、食糧・農林水産のあらゆる分野において加盟各国の開発ニーズの十分な把握と各国からの要請に即応した支援が FAO/SAPAに望まれている。
2. FAO/SAPAの事業活動 
本章では、1998年から現在まで上述の政策部門及び技術部門が分野別にそれぞれ実施した主な活動をもとに、FAOの南太平洋地域における役割をまとめた。 

2.1 農業政策  
南太平洋地域の加盟国に対して農業政策に関するプロジェクト形成や国家農業政策並びに国家行動計画の開発に関する政策アドバイスを行ったり、国際機関(WTOなど)と調和した政策を図るための支援を行っている。また、国内及び地域レベルの政策研修コースを開催したり、地域農業研修政策の基礎となるような農業研修プロファイルの作成を進めている。 

2.2 農場システムと市場開発  
農場システムと市場開発の分野では、生産と市場のギャップを埋めることを主目的としている。加盟国に対する当該分野(例えば、既存の農場システムの調整)における技術アドバイスのみならず、プロジェクト形成及び実施に関わる技術支援を行っているほか、各国の農業市場システムに関するケース・スタディを実施したり、地域及び国内の研修コースを開いたりしている。具体的には、経済・財政分析を通じて農民の意思決定を支援したり、「農業市場開発に関する地域ワークショップ」を開催(1999年4月)している。 

2.3 植物疫病 
島嶼国に様々な手段で運ばれてくる害虫から島のエコシステムを守るとともに食料の安全性を確保するため、加盟国に対して検疫制度の見直し、害虫に対する危機管理の実施や植物の安全基準の設定などの技術支援を行っている。また、食物の管理を通じ、害虫規制のための最善策を講じている。さらに、害虫駆除剤の安全で正しい使用を指導するとともに、各国において「害虫駆除剤の散布及び安全使用に関する国際行動規範(The Code of Conduct on the Distribution and Safe Use of Pesticides)」が実行されるよう奨励している。

2.4 森林資源管理 
森林資源の利用・管理・保存のための地域行動計画や「伐木政策に関する地域規範(The Regional Code of Logging Practices)」による持続的な森林政策の強化の中で、FAO/SAPAは森林開発における伝統的土地制度への影響、国家森林政策の効果的実施、コミュニティ・レベルの積極的な森林資源管理への参加や戦略的計画の構築などに重点をおいて、加盟国に対して技術支援を行っている。また、地域レベル及び国内レベルのプロジェクトや研修・ワークショップを実施している。 

2.5 水産                              
FAOは小島嶼開発途上国(Small Island Developing States: SIDS)に対する水産援助のプログラムを推進している。同プログラムの目的とするところは、SIDSにおける水産行政の強化、水産資源の保存・管理・開発・有効利用、国家食料安全保障の増強、国家社会経済の持続的開発への水産資源利用の継続的寄与を確かなものとするための政策や対策の採択と実施である。具体的には、制度の強化と国家能力(National Capacity)の構築、排他的経済水域内で行われている漁業の保存管理の強化、水産加工の管理と市場の向上、安全操業、国内水産業の経済的役割の強化と漁業投資の民営化の推進、養殖・内水面漁業の保存・管理・開発が挙げられている。 

近年、太平洋地域では小規模延縄漁業、養殖、マグロ類の資源管理、沿岸域における過度の漁獲、水産物貿易などが大きな話題となっている中、「責任ある漁業のための国際行動規範(The Code of Conduct for Responsible Fisheries)」の実施を通してFAO/SAPAは太平洋島嶼国と協働のもとで水産のあらゆる分野における保存・管理・開発に取り組んでいる。
 
また、各国に対する技術アドバイスやプロジェクト実施のほか、地域あるいは国内の研修・訓練コースを実施している。例えば、1998年9月にサモアにおいて「南太平洋SIDSにおける水産業の経済面強化に関する地域ワークショップ」を主催し、同年10月にトンガにおいて「国内HACCP研修コース」を地域国際機関である太平洋コミュニティ事務局(The Secretariat of the Pacific Community: SPC)と共催した。1999年8月に「南太平洋における水産統計に関する地域ワークショップ」を、また12月には「南太平洋における責任ある漁業のための国際行動規範の実施に関する地域ワークショップ」の開催を予定している。 

さらに、水産物の品質管理(特に、HACCP: Hazard Analysis and Critical Control Point(危害分析重要管理点方式))や水産統計の向上を目的とした活動も行っている。南太平洋地域の養殖開発に関しては、1986年以来、地域プロジェクト(South Pacific Aquaculture Development Project)を実施している。同プロジェクトは1999年8月に終了予定となっている。 

2.6 食料と栄養 
FAO/SAPAは加盟国における食料と栄養に関する国家行動計画の見直しと実施に対する技術支援を行うとともに、適切な食事と生活スタイルの改善によって太平洋地域住民の栄養状態の向上を図っている。また、安全で良質な国産及び輸入食品の確保のため、食品規制強化を進めている。具体的には、規制法の改正、研修の実施、情報の提供、政府関係者・生産者・消費者に対する教育・啓蒙などである。さらに、消費者の保護と国際貿易の促進のため、国際食品規格(CODEX)と国内食品規制法との整合化に関する支援も行っている。 

2.7 WID (Women in Development)  
太平洋諸国において女性は食料確保、特に自給自足の農業と漁業において大きな役割を果たしている。農林水産・地方村落の開発に寄与するとともに、その中で束縛された女性達の立場を理解することを第一としている。そのために技術的分野において女性を念頭に入れた戦略を確立し、持続的開発に参加する女性によってもたらされる利益の認識とその増大、さらに国家開発に貢献する女性達の能力の向上について、FAO/SAPAは支援している。
3. FAO技術支援プロジェクト 
上述の各分野における活動(プロジェクト及び研修コースなど)の具体的な手段として、FAOは地域レベル及び国内レベルにおいて各種の技術支援プロジェクトを実施している。目的や規模に応じて、技術協力プログラム(Technical Cooperation Programme: TCP)、食料安全保障のための特別プログラム(Special Programme for Food Security: SPFS)、テレフード特別資金(Tele Food Special Funds: TSF)、パートナーシップ・プログラム(Partnership Programme)などを通じて南太平洋地域及び各加盟国を支援している。 表1には1996年に地域事務所に改組されてから実施されたか、あるいは現在実施中の技術協力プログラムや食料安全保障のための特別プログラムなどのプロジェクトが示されている。また、表2には日本政府が途上国に対して実施している草の根無償資金協力に匹敵するコミュニティ・レベルの開発を意図した小規模なテレフード・プロジェクトが挙げられている。

表 1.FAOの技術協力プロジェクト一覧 (1996年〜現在)

表 2.FAOテレフード・プロジェクト一覧(1997年〜現在)
 
おわりに 
上述のように広範囲にわたる分野においてプロジェクトを展開しているFAOにとって今後も益々厳しい財政状況が続くことが予想される中、南太平洋地域諸国に対する技術支援のあり方は、地域国際機関(Forum Secretariat, Secretariat of the Pacific Community, Forum Fisheries Agency, South Pacific Regional Environment Programme, the University of the South Pacificなど)や援助国・機関(豪州、ニュージーランド、日本、米国、カナダ、英国、フランス、EUなど)と協働する傾向が一層強まることであろう。 

地域国際機関で構成される南太平洋地域機関調整委員会(South Pacific Organizations Co-ordination Committee: SPOCC)の農業作業部会(Agriculture Working Group)及び海洋部門作業部会(Marine Sector Working Group)にFAO/SAPAはオブザーバーながら積極的に参加し、地域内の関連諸活動の調整を他地域機関と行っている。上述の表1に挙げられている他国際機関との合同プロジェクトはその協働の一例である。FAO/SAPAは加盟各国に対してより一層効果的な支援を行うために、それら地域国際機関や援助国・機関、そして他の機関(国連機関、開発銀行等)や非政府機関(NGO)などとの情報交換を強化するとともに、可能な範囲での資金・人材の分担型合同支援の実施を課題としている。 

1945年の創設以来、FAOが世界各国地域で多くの事業活動を続けて来ているのは周知の事実である。FAOの持つ莫大な経験と情報、特に地域特有の経験と情報を十分有効に活用した事業展開が望まれるが、わけても南太平洋地域の島嶼経済の発展にさらなる貢献が期待される地域事務所(FAO/SAPA)の役割は大きい。   
参考文献:
FAO Sub-Regional Office for the Pacific Islands (1999). The work of the FAO office (SAPA) in the Pacific. (draft) 6 pages. Fuavao, V. (1999). FAO activities for 1998 in the Pacific Islands. 3rd Meeting of South West Pacific Ministers of Agriculture, Nuku'alofa, Tonga, 26-27 April 1999, Information Paper, 12 pages. Izumi, M. (1999). FAO Sub-Regional Office for the Pacific Islands' Fisheries Programme. 2 pages.    
筆者略歴:
1977年東京水産大学卒業、1979年同大学大学院修士(水産海洋学)を経て、1981−83年カナダ・ブリティッシュ・コロンビア大学(海洋学)留学、1994年青山学院大学大学院修士(国際開発経済学)。1985−88年国連食糧農業機関(FAO)南太平洋地域水産開発プロジェクト水産開発官(在フィジー)、1991−93年南太平洋委員会(SPC)水産開発官(在ニューカレドニア)、1994−97年外務省在アガナ日本国総領事館専門調査員(在グアム)、1997年4月より(社)日本ミクロネシア協会オセアニア研究所(現、太平洋諸島地域研究所)研究員、及び1998年1月より国連食糧農業機関(FAO)南太平洋地域事務所地域水産担当官(在サモア)。 筆者勤務先住所等:
Mr. Masanami Izumi
Fishery Officer FAO Sub-Regional Office for the Pacific Islands,Private Mail Bag, Apia, Samoa
Phone (work): (685) 22127 or 20710
Fax (work): (685) 22126
E-mail address (work): masanami.izumi@field.fao.org(英語かローマ字のみ)
Phone/Fax (home): (685) 22633
E-mail address (home):tahizumi@samoa.net(日本語可)      
(1999年6月14日脱稿)