研究員の論文
フィジーの憲法改正動向について「憲法再検討委員会報告」を中心に

オセアニア研究所 主任研究員 東裕(ひがし ゆたか)
初出:「ミクロネシア」1997年(通巻102号)pp.20-37
はじめに
1.現行90年憲法の問題点
一.90年憲法の制定過程と立法趣旨
二.いわゆる「人種差別」条項

2.憲法見直し作業
一.「憲法再検討委員会」設置の経緯
二.「憲法再検討委員会」設置後の見通し

3.憲法再検討委員会報告の要点
一.『報告』の構成
二.主要改正点

4.憲法の基本理念・基本原則
一.憲法的基礎の強化
二.憲法:その目的と基礎にある価値
三.国民のアイデンティティーと目的

5.結びに代えて

はじめに
昨年9月、現行フィジー憲法(1990年)の改正に関する「憲法再検討委員会」(Constitution Review Commission:通称「三人委員会」 (1))の報告が、当初の予定より3か月おく れで提出された。この「憲法再検討委員会報告」(または「リーブス報告」:以下『報告』と呼ぶ)(The report of the Constitution Review Commission)は、そのタイトルを「統合された未来にむけて」(Towards A United Future)という、800ペ−ジあまりの報告書にまとめられている。全部で697項目からなる詳細な答申であり、新たに作られるべき憲 法の各項目にわたってその基本的な考えが提示され、項目によっては具体的に条文案も示されている。(2)

内容については、例えば、フィジアン(フィジー原住民)とインディアン (インド系フィジー人)の権利の平等化、大酋長会議の権限の削減、上院の直接選挙への移行など、基本的には90年憲法と比べ、より「民主的」な方向を目指してはいる。しかし、その一方、これまで法律以下のレベルで規定されていた大酋長会議の組織を憲法で規定するといった、「伝統」の強化とも見られる側面も同時に存在することにも留意する必要がある。

 本稿では、この『報告』の要点を紹介するとともに、フィジーのこれまでの90年憲法をめぐる問題について報告する。しばしば指摘されるように、フィジーの投資環境を悪化させてきた主要な要因のひとつがこの憲法問題であった。その意味で、フィジーにおいては、憲法問題が政治問題にとどまらず、社会問題・経済問題ともなっている。したがって、今後のフィジーの政治動向のみならず、社会・経済動向を考える上でも、憲法問題の帰趨は極めて重要な意味を持つといえよう
1.現行90年憲法の問題点
  90年憲法は、「人種差別憲法」(racist constitution)と呼ばれ、内外から非難をあびてきた。憲法の条項中に、「人種差別」条項とかんがえられる規定が見られるからである。このたびの憲法の見直しに当たっても、そうした条項がどう改正されるかが焦点になっている。『報告』では、問題条項の民主化が示されている。それ自体は一般に歓迎されるべきことではあるが、こうした方向への改正提案の現実化の可能性がでてきたのには、憲法を取り巻く前提状況の変化があったことを忘れてはならない。その一つがインディアンとフィジアンの人口の逆転である。これは「人種差別」に将来を悲観したインディアンの海外移住によるもので、それは90年憲法の「人種差別条項」によって助長された。(3) その意味で、90年憲法の内容の評価とは別に、フィジーの民主化の進展にとって、この憲法が果たした歴史的役割は正当に評価されなければならない。
 そこで、まず、どのような立法趣旨に基づいていわゆる人種差別的な条項が作られたかをもう一度おもい起こし、その上で、90年憲法に特徴的な規定を紹介する。 一.90年憲法の制定過程と立法趣旨
周知のように90年憲法は、87年のクーデタの結果生まれた。同年4月の総選挙の結果、インディアンが閣僚の過半数を占めるの政権が誕生した。そこで、インディアンによるフィジー支配を阻止するため、フィジアンの軍人で現首相のランブカが、クーデタに打って出た。このクーデタの結果、70年憲法が破棄され、暫定政府が新たな憲法の制定に着手した。そして3年後の90年7月に今日の憲法が公布された。「フィジー共和国憲法公布令1990年」は、憲法の制定過程に言及し、その経過を次のように要約した。(4)

(1)クーデタの原因と暫定政府の役割
新たな憲法が必要となった直接の原因である87年のクーデタについては次のように理解された。
1. 70年憲法がフィジアンの利益・価値・伝統・慣習・生活様式・経済的福祉を守るのに十分でなかったことがクーデタを惹起した。

そこで、暫定政府の役割は、次の点に求められた。

2. 国の経済をクーデタ以前に回復させること。

3. フィジー原住民の人々の利益を守り、同時にフィジーの他のコミュニティーの権利と利益を守る新しい憲法を制定すること。

 こうして、クーデタを引き起こした原因を憲法から除去し、クーデタによって生じた経済の低迷から脱却することが暫定政府に求められた。そのため、暫定政府には任期の終了までに新しい憲法を制定する義務が課せられた。

(2)「憲法調査勧告委員会」の活動

  憲法の制定に当たっては、フィジーのすべてのコミュニティー、組織、及び人種の考えを聞いてそれが考慮されるよう、フィジー国民と十分な協議が行われることが望まれた。そこで、暫定政府は、フィジーのすべてのコミュニティー・利害関係者と協議する機会を確保するために「フィジー憲法調査勧告委員会」(Fiji Constitution Inquiry and Advisory Committee)を組織する。この委員会の活動には次の条件が付された。

1. 暫定政府の準備した憲法草案が、どの程度フィジー国民の現在及び将来の要求を満たしているかどうかについて精査し、これを考慮すること。その際、特に70年憲法がフィジー原住民の権利利益及び関心事に十分な保護を与えていなかったという点と、フィジーの現在のあらゆる状況に留意すること。

2. 憲法草案の条項に関し、実行可能な程度で、フィジー国民の代表を招待し、受け入れること。草案の条項に関し、フィジー国民に受け入れ可能な程度を決定すること。

3. 以上につき、委員会は政府に十分報告すること。特に、国民がどの程度草案の文言を受容できるかという程度について報告すること。さらに、委員会が、草案の目的を達成するため、または国民に一般的に受け入れられるようにするために、草案を修正または付加することが適切と考える場合にも、その見解を報告すること。

  こうして、憲法調査勧告委員会は、広く国民の意見を徴するために、14の都市及び地方の中心地において公聴会を開いた。そこでは175人の個人と、さまざまの政治的・宗教的 ・社会的グループや労働組合の代表から174の口答による意見が具申された。また、文書による意見の具申も209に上り、そのうち個人からは104件、政党・労働組合・地方議会・宗教団体・社会文化団体等からは、105件に上った。しかし、この手続きはあくまで「70 年憲法がフィジー原住民の権利利益及び関心事に十分な保護を与えていなかった」点に特に留意することという条件付であった。その意味で、憲法制定の方向はあらかじめ決まっていたといえよう。

(3)「大酋長会議」の意見
このように社会各層の意見が幅広く聴取されたことが記され、制定過程は十分「民主的」なものであったとして、憲法の民主的正当性が強調される。寄せられた意見を委員会は審議し、考慮した上で、89年8月30日に、憲法調査勧告委員会勧告として大統領に報告した。この報告は、同年9月21日と28日に暫定政府、とりわけ内閣によって熟慮された。その結果、内閣による修正を経た憲法草案は、さらに討議と考慮のため、90年3月14日〜16日と6月21日〜25日の2度にわたり大酋長会議に提出された。

大酋長会議は、90年6月21日〜25日の会議において、次の点に留意すること、という条件付で憲法草案を受け入れた。

1.87年のクーデタは、フィジー憲法はフィジーのさまざまな人種コミュニティーを常に考慮する必要があることを示した、ということ。

2. バランスのとれた公平な保護をすべての国民に与え、全国民が調和して寛容な理解を持って生活できる社会を作る必要があること。

3. 変化し、進化する社会においては、態度と認識も変化するものであり、それに従って、特別な規定が要求される特別な必要性がフィジーにはある、ということ。

(4)90年憲法前文にあらわれた立法趣旨
こうしてでき上がった憲法の前文には次のように記された。(5)

「・・・1987年のできごとによって1970年憲法は廃止された。こうしたできごとは、1970年憲法がフィジー原住民の利益、その価値、伝統、慣習、生活様式及び経済的福祉を保護するのに十分でなかったという広範な信念によって引き起こされた。フィジー国民は、彼らの信念・権利及び自由の進展のために新しい憲法を持つことを希望した。そして、国民の意志が真に表明され、国民の希望と目標が達成され、大切にされるために、1970年憲法は、新しい憲法に取って代わられることが望ましいという考えを受け入れた。・・・」

ここに見られるように、90年憲法は、なによりもまず「フィジアンの、フィジアンによる、フィジアンの憲法」であることが宣言されている。この立法趣旨を具体化するために、憲法本文において、人種差別的な条項が置かれることになる。

二.いわゆる「人種差別」条項(1)人種別選挙制

1.(下院の議席)
フィジアンの利益保護を端的に表現したのが、人種別代表制(憲法第41条)である。下院議員の選挙に関するこの規定によると、それぞれの選挙区を代表する下院議員70名のうち、過半数の37名がフィジアンの選挙人名簿に登録された有権者の中から選出される。こうしてつねにフィジアンの絶対的優位が確保されるようになっている。残りの議席はインディアンから27名、ロツマンから1名、あとの5名がフィジアン・インディアン・ロツマン以外から選出される。

エスニック・グループごとに議席を配分する方式は、90年憲法になって初めて導入されたわけではない。70年憲法においても、同様の規定が見られた。しかし、両者には決定的な違いがある。確かに、1970年憲法においてもフィジアンとインディアン及びそれ以外の人種という有権者の区別があったが、フィジアンとインディアンの配分議席数は同数であった(1970年憲法32条によると、フィジアン・インディアンともに52議席中22議席ずつ配分されていた)。

2. (上院の議席)上院議員34名は、憲法55条の規定に従って、大統領によって任命される(54条)。そのうち、約70%にあたる24名がフィジアンの中から大酋長会議の助言に基づいて大統領によって任命される(55条1項(a))。1名はロツマ人の中からロツマ島 評議会の助言にもとづいて大統領によって任命される(55条1項(b))。残りの9名は、大統領の慎重な判断に基づいて、その他のコミュニティーの中から大統領が任命する。その際、大統領は少数社会の特殊利益を考慮することが要請される(55条1項(c))。

(2)大酋長会議
「この憲法は、大酋長会議を認める」(第3条)。大酋長会議の詳細については、「フィジアン関係法」(Fijian Affairs Act)第5条の規定に基づいて制定された 1993年の「大酋長会議に関する規則」(Fijian Affairs (Great Council of Chiefs) Reguration 1993)によって 規定されている。この規則の第2条1項の規定によると、大酋長会議は56名からなり、その任務は、フィジアンとロツマンの権利・利益等に関する問題について審議し、決定することである。

(3)首相の任命
大統領は、フィジアンの下院議員のなかから、下院議員の最大の支持を得られると思われる者を、自らの慎重な判断により首相に任命する(83条)。その他の大臣については首相の助言に基づき大統領が任命する(83条1項)が、フィジアンであることは要件とされていない。

(4)大統領の任命
大統領は5年の任期で大酋長会議によって任命される(31条)。フィジアンであることは要件ではないが、大酋長会議によって任命されるため、フィジアン以外が大統領になることは実際上考えられない。

(5)立法における伝統への配慮
  国会は慣習法を含む法律の適用に関する条項をつくる(100条1項)。その際、国会は、フィジアンの習慣(customs)、伝統(traditions)、慣行(usages)、価値(values)、及び 希望(aspirations)に特に配慮する(100条2項)。国会制定法が別の定めをするまでは、フィジアンの慣習法はフィジーの法律の一部として効力を持つ。ただし、慣習、伝統、慣行、または価値がこの憲法の規定もしくは国会制定法、または「人間性の一般原則」(general principles of humanity)に反する場合は、違反する部分に関してはこの規定は適用されない(100条3項)。
 この一方で、憲法は第16条で人種・性別・出自等における差別的取扱の禁止をも規定する。しかしそれは、この憲法の規定に従って制定される法律内容・効力及び公務員・公的機関による差別的取扱の禁止を言う。つまり、憲法自身が定める「差別」はここには含まれない
2.憲法見直し作業
一.「憲法再検討委員会」設置の経緯
90年憲法は、その「人種差別条項」を内外から批判された。特に、人種差別の対象となったインディアンの海外移住は87年のクーデタ以降加速されていたが、この憲法の制定によってその傾向が恒常的なものとなった。経済・教育・医療等、フィジー社会の各分野で指導的な立場にあった多数のインディアンが海外に移住し、フィジー社会に深刻な影響が現れた。それにともない、海外の投資家もフィジーへの投資をためらった。経済発展のペースが鈍り、雇用問題が深刻化した。憲法問題が、政治問題にとどまらず、経済・社会問題にもなった。90年憲法はフィジアンにとっても利益だけをもたらすものではなくなった。インディアンの海外流出によって、フィジアンとインディアンの人口比が逆転し、フィジアンの優位が決定的になり、その比率が二度と逆転する見込みがなくなった。90年憲法は、所期の目的を達成した。憲法の再検討が、国民的課題となる状況が形成された。

(1)「憲法再審査委員会」の設置

憲法の改正は、憲法規定上の要求でもあった。90年憲法は「憲法の再検討」(Review of the Constitution)」条項を設けて、「この憲法は公布から7年以内に再検討されなければならない。その後は10年毎に再検討するものとする」(第161条)と規定している。憲 法制定から5年、1995年に、憲法再検討のための独立委員会の設置が決まった。

これは、インディアンの政治的地位の回復にとっての突破口になると考えられた。インアンの政党NFPのレディ党首(Jai Ram Reddy)は、「憲法はより良い方向に見直される」と 希望的観測を語った。90年憲法は誰にも利益をもたらさないということに政府の指 導者たちも悟りつつある、という見方を下敷きにしたものであった。(6)

(2)与野党の反応
委員会の設置に至るまでには次のような経緯があった。94年7月、「憲法再検討のための両院合同特別委員会」の設置決議が国会で可決された。しかし、ランブカ首相は、SVTの党大会で、この決議は世間への見せかけに過ぎないと発言したため、憲法再検討はなお不確実なものと見られた。それにもかかわらず、レディは「善意は伝染するものだ」と語り、政府が憲法の再検討を継続しようとするごく僅かのしるしでもあるかぎり、努力を継続すると述べた。

だが、その後もランブカ首相は、「フィジアンの利益は依然として保護される必要があるから憲法は改正されてはならない」、「インディアンがインドに帰ればフィジーの暮らしはもっと良くなるだろう」などの発言を繰り返し、第三のクーデタがおこれば、こんどは流血のクーデタになるだろうと公言するなど、インディアンを1987年以前の政治的地位に復帰させないことを折にふれ強調した。

ところが、95年3月になって、ランブカ首相は、議会でレディの思いに応えるかのような注目すべき発言を行う。「私は、どのような毒が伝染性のものであるかわからないが、善意、寛容、そしてすべての肯定的な感情は伝染すると感じている」と発言したのである。その後の憲法再検討委員会の構造と構成に関する交渉においても、政府の姿勢は柔軟なものに変化する。政府は長らく委員会の長はフィジアンに限り、委員の大半もフィジアンであるべきだと主張してきた。ところがここに至って、政府は、前ニュージーランド総督のサー・ポール・リーブス(Sir Paul Reeves)を委員長とする独立委員会とすることに同意したのである。

しかし、こうした政府の態度の変化にもかかわらず、実際にレディー党首が期待するような方向に事態が進展するかどうか危ぶむ見方が依然として有力であった。(7)

二.「憲法再検討委員会」設置直後の見通し

(1)インド系有力者の見解
南太平洋大学のビジェイ・ナイドゥ(Vijay Naidu)博士は次のように指摘する。(8)

フィジーの直面する今日の大きな課題のひとつは経済的困難であり、これを克服するための唯一の方法は、根本問題である憲法と土地の問題について取り組むことである。この点について、共通の認識が育ちつつあることは間違いない。だが、難しい問題は、現行の選挙制度によって議席を得た議員が、自らの議席を失うことになるかもしれない改革に加わる用意があるか、ということである。だが、ランブカ首相が真に全国民の利益となるような憲法を目指すならば事態は解決する。なぜなら、問題は一般国民にあるのではなく、指導者たちにあるからだ。1987年のクーデタの際も、人種的な方策を使用したのは指導者たちであった。その理由は、自分たちの権力を手放したくなかったからだ」。

こうして、権力者の対応に疑念を表明しながらも、ナイドゥ博士は、「今日のリーダー たちは協力関係にあるため、指導者たちが受け入れることのでき、かつ国民の支持が得られる憲法を作ることができるのは間違いない」と、レディー同様楽観的な結論で締めくくっている。

それというのもインディアンの指導者たちは、政府によって表明されている肯定的な感情を信じたいと願い、そうすることこそが状況を突破する有力な方法であると考えたからである。レディーは言う。「この国の首相が、すべてのフィジー市民をフィジアンと呼ばれるようにしたいと発言するなど、3年前に一体誰が考えただろうか。私は、首相が誠実にそう語り、そう望んでいると信じる。我々は、首相が本当にそう考えているかどうかを疑いはしない。首相がそう考えている、とあなたがたが思わなければならない。そして首相がそうするようにわれわれが支持しなければならない。こうした積極的なアプローチこそが必要だ。」 (9)

(2)インド系野党の協調
このような考えのもとに、インディアンの指導者たちはフィジアンの指導者たちの「善意」に期待し、前向きに積極的に状況を切り開いていこうとした。労働党(Fiji Labour Party)のダット(Krishna Datt)も、すでに存在する「善意」の上にものごとを築くことが最善である、とレディの考え方に賛意を表明した。「ファナチシズムと宗教的狂信の時代は終わった。フィジーが生き延びるためには、物事について前向きで積極的な見方をしなければならない」と語る 。(10)

野党のNFPと労働党は、これまで共通の場から程遠い状態にあり、激しく対立してきた。両党が合意するような問題はほとんど皆無に等しかった。しかし、1994年の6月にランブカが議会で第3のクーデターの可能性とそれが流血を伴うかもしれないことを示唆して以来、リーダーシップ・レベルでのそれぞれの意見の相違を棚上げして両党は協調に努めてきた。以来両党は、憲法再検討に関する議会の特別合同委員会と憲法再検討委員会の設置に力を合わせてきた。

インディアンの諸政党の中では、憲法の改正案について広範な合意がすでに成立しているようである。これらの政党の憲法に対するアプローチには、インディアンの人種的利益よりもむしろ国民的利益を考慮することが含まれている。95年3月のNFPの年次会議でレディは次のように述べた。

「ひとつのコミュニティーが、もうひとつのコミュニティーの犠牲の上にのみ利益を得ることができるという考え方を改めることが絶対に必要であり、そうしないと、結局、憲法の作成が、単なるコミュニティー間での利益調整にしかならなくなってしまう。・・・・・われわれは、つねに憲法規定が(各コミュニティーの利益という意味での)たんなる社会的利益ではなく、国民的利益に与えるインパクトについて考慮しなければならない。それゆえ、あるコミュニティーもしくはもうひとつのコミュニティーの『譲歩』という言葉は適切ではない。」(11)

(3)各党の憲法改正案の発表
1995年の10月に、各政党の憲法改正草案が発表された。それによれば、フィジアンの政党とインディアンの政党では、およそ妥協が困難と思われるほどの相違がある。下院議員の議席配分にしても、フィジアンの政党は人種差別を廃止するどころか、フィジアンの政治的優位を一層強化するような改正案を出した。(12)

ランブカ首相に至っては、96年2月のマスコミのインタビューで「憲法再検討委員会の答申が6月に出され、この答申に基づいて議会は1年間検討することになるが、議会は憲法をまったく修正しないだろう」と語り、95年の一連の柔軟な発言を否定するような見解を示した。(13)

こうした経緯を背景にして、当初の予定より3か月おくれで憲法再検討委員会の答申が出された。それは、一見、フィジアンには受け入れがたい内容のものであった
3.憲法再検討委員会報告の要点
一.『報告』の構成


『報告』は、次の18項目にわたる大項目からなり、それぞれが、カッコ内に付した番号の小項目に分かれている。(14)

1.憲法的基礎の強化 ([1]〜[7])

2.憲法:その目的と基礎にある価値([8]〜[10])

3.国民のアイデンティティーと目的の共有([11]〜[31])
4.フィジーの市民権([32]〜[64])

5.権利章典([65]〜[190])

6.倫理的及び社会的正義([191]〜[204])

7.立法と政策:政府の組織([205]〜[267])

8.国会議員の選挙([268]〜[329])

9.国会の機能([330]〜[368])

10.行政部([369]〜[406])

11.司法行政([407]〜[459])

12.効率的で政治的に中立な国家サービス([460]〜[502])

13.倫理的で責任のある(accountable)政府([503]〜[590])

14.歳入及び歳出([591]〜[619])

15.コミュニティー及び集団の保護された権利([620]〜[657])

16.地方政府([658]〜[661])

17.緊急権([662]〜[677])

18.最高法規としての憲法:その再検討または変更([678]〜[697])

この中で、現憲法との比較において特に注目される点は、[表](後掲)の各項目であるが、この憲法の基本理念とも言うべき事項を述べた、「憲法的基礎の強化」([1]〜[7])、「憲法:その目的と基礎にある価値」([8]〜[10])の各項目もこの憲法の拠って立つ思想を知るうえで、見逃すことができない。これらの項目について順次紹介し、簡単に解説を加えたい。 二.主要改正点
(1)大統領
『報告』によると、大酋長会議が推薦する3〜5名の指名候補者[222]の中から、上院 及び下院で指名された者が、大酋長会議により、大統領に任命される[210]。現憲法では 大酋長会 議が独自に任命することになっており、議会の関与はない(31条)。また大統 領は、フィジアンであることという要件がつけ加えられている[220]。現憲法では、大統領については人種要 件はない。ただし、大統領の選任がすべて大酋長会議にゆだねられ ているので、事実上フィジアン以外が大統領に任命される可能性はない。『報告』では、フィジアンの優位を絶対的に確保するという考慮から、人種要件がつけられたと考えられる。民主化を図りながら伝統を強化する方策であるといえよう。任期の5年は、変りない。

(2)副大統領
『報告』では、大統領が任命する任期5年の副大統領職が新たに設けられている。副大統領は、フィジアン以外の人種から選ばれる[220]。副大統領は、大統領が欠けたとき、 または何らかの理由によりその職務を執れなくなったとき、大統領の職務を代行する[227]。したがって、フィジアン以外が大統領代行として、大統領の職務を行う場合が考えら れる。

(3)首相
『報告』では、首相の人種要件はなくなった[240]。現憲法では、「内閣総理大臣は大 統領によって任命されるが、任命に際しては大統領は慎重な判断に基づき、フィジアンの下院議員の中から、下院議員の最大多数の支持を得られると思われる者を任命する」(83条2項)として、フィジアンであることが選任要件とされている。象徴的な地位にある大統領とは違い、最高の政治権力者である首相の選任要件から人種要件がなくなった意味は大きい。

(4)上院
議席数が、現行の34議席から35議席へと、1議席増加した[266]。現行憲法では、上院 議員全員が大酋長会議による任命であるが、『報告』では、35議席中の6議席を除く全議席が、選挙によって選出されることとなっている。この選挙選出議席29議席のうち1議席がロツマンの議席として留保されているが、残り28議席は、全国の14地区から各2名ずつ選出される。この28議席については、人種による定数の制限はない[266]。この点、現行 憲法が、人種別議席配分を定め、全34議席中24議席をフィジアンとし(55条1項a)、フィジアンの上院支配の恒久化を図っているのと大きな違いがある。この変更によって、上院はフィジアンの権利擁護の機関から、地域代表機関へとその基本的性格を変えたといえる。

(5)下院
首相の人種要件の削除と並んで、この『報告』の中でもっとも注目されるのが、下院の人種別議席数の変更である。周知のごとく、90年憲法が、「人種差別憲法」と批判される最大の理由が、下院のフィジアンの絶対優位を固定した人種別議席配分にあった。『報告』によると、定数は従来通り70であり、アファーマティブ・アクション(affirmative action)としての考慮から人種別配分議席も維持しているが、もはやフィジアンの絶対的優位を保障するものではなくなった。すなわち、90年憲法においては70議席中37議席と過半数の議席を保障されてきたフィジアンも、この『報告』では、太平洋諸島人を含めて12議席を保障されるだけである(インディアン10議席、ロツマン1議席、その他2議席)。総議席の約65%に当たる45議席はオープン・シートとなり、人種に関係なく全国の15の選挙区から、選挙区の人口に関係なく各選挙区3名づつ選出される[262]。したがって、選挙 区の人種別人口構成が当選者の人種別構成に反映されることになると思われる。なお、議員任期は5年から4年に短縮されている[307]。

(6)大酋長会議
現行憲法では、「この憲法は、大酋長会議を認める」(第3条)との一条を設けるだけで、その権限組織等については「フィジアン関係法」第5条の規定に基づいて制定された「大酋長会議に関する規則」によって定められる。これに対し、『報告』では、大酋長会議を憲法で認めるだけでなく、その組織・機能・権限を憲法で規定することを要求している[205]。こうし て、大酋長会議の「格上げ」を図っている。

(7)市民権
『報告』では、フィジーの市民権が与えられるのは、1.国外で出生した場合、父母のいずれかがフィジアンである子[39]、または2.フィジアンと結婚した外国人[50]、とされる。現行憲法の規定が、1.父がフィジアンである子(25条)、または2.フィジアンの男性と結婚した女性(第26条1項(a))、と男系優位の規定であるのに比べ、男女の平等化が進めら れている。

(8)有権者登録
現行では、有権者登録における人種は男系によって決まるが、『報告』では、登録人種は、男系または女系によって決まるとなっている[256]。この点でも、男女の平等化が要 請されている。

(9)「人権委員会」の設置
憲法で「人権委員会」(Human Rights Commission)の設置が要請されている[84]。この 委員会はオンブズマン1名を含む3人の委員からなる。他の2名のうち1名は、高等裁判所の裁判官もしくは高等裁判所の裁判官の就任資格を有する者でなければならない[85]。その職務は、国民に対し「権利章典」の内容・本質といった人権に関する啓蒙活動をすること、人権問題について政府に勧告を行うこと、その他法律によって人権委員会に付与される人権に関する権限を行使することである[84]。これに関連し、90年憲法の権利章典は、徹底的に修正される。権利章典は、明確な構造をもち、国民が容易に理解できるように記述されなければならず、草案が国会で採択される前に、内外の専門家の意見が求められなければならない[86]。

表:90年憲法と「リーブス報告」の比較
  90年憲法 リーブス報告
(1) 大統領   大酋長会議による任命。任期5年。 大酋長会議が指名する3〜5名のフィジアンの大統領候補者の中から、上院及び下院が1名を選出し、大酋長会議が任命。任期5年。
(2) 副大統領 なし。 副大統領職を置く。フィジアン以外から大統領が任命。任期5年。
(3) 首相 フィジアンの下院議員。 人種規定なし。
(4) 上院 34議席。大酋長会議が任命。/フィジアン24/ロツマン1/その他9 35議席/地域代表 (選挙)28(14地区・各2名)/ロツマン (選挙)1/その他 (大統領が任命)6(コミュニティー代表)
(5) 下院 70議席。任期5年/フィジアン37/インディアン27/ロツマン1/その他5 70議席。任期4年。フィジアン・太平洋諸島人12/インディアン10/ロツマン1/その他2/オープン・シート45 /(15選挙区から3名ずつ選出)
(6) 大酋長会議 「大酋長会議を認める」という1条を置くだけ。 大酋長会議を認めるとともに、その組織等を憲法に規定。
(7) 市民権 父がフィジアンである子。フィジアンと結婚した女性。 父母のいずれかがフィジアンである子。フィジアンと結婚した外国人。
(8) 有権者登録  男系によって決まる人種。 男系又は女系によって決まる人種。
(9) 人権委員会 なし。 オンブズマン、高等裁判所の裁判官またはその就任資格を有する者を含む3名の委員からなる人権委員会を憲法で規定する。その職務は、人権に関する啓蒙活動、人権問題についての政府への勧告など。」


4.憲法の基本理念・基本原則
一.憲法的基礎の強化


「憲法的基礎の強化」として、作られるべき憲法の基本理念・基本原則等が掲げられる。冒頭で、憲法の第一の目的は、複合人種政府(multi-ethnic government)の出現を促進 することであると、宣言される。

その方策として、人種を基礎とした代表制(communal system of representation)からの漸進的・決定的決別とそのための選挙制度改革[4]が掲げられる。これが、前記の上院・下院の選挙制度改革として具体化される。この選挙制度を基礎に、複合人種政府の形成にむけて、政党間の自主的な協力、あるいは複合人種政党の増加が期待される[3]。

政治制度の基本的な枠組みとしては、従来のウエストミンスター型の議院内閣制を維持[2]し、政府の責任を監視するため、全政党の陣笠議員の常任委員会への出席権の付与[5]が求め られている。

さらに特に憲法が留意すべき点として、(a)大酋長会議の重要性を承認すること、(b)土地の所有権及び収益権を含む個人の人権及び集団の権利を保護すること、(c)社会的正義の要求、フィジアン及びロツマン並びにその他の弱者のコミュニティーに対するアファーマティブ・アクション・プログラムの要求、が挙げられる[6]。
これは、1.憲法は、すべてのコミュニティーの利益が承認され保護されなければならないという原則の上に基礎づけられるべきこと、2.(他のコミュニティーの利益を下位に位置づけることを含むものではないという理解の上にたって)フィジー原住民の権利は至高のものであるという原則を保護する機能を憲法が持つことを明確に承認すべきこと[7]、 という基本理念の 具体化として要請されるものである。

フィジアン以外の人種コミュ ニティーの利益を平等に保護しながら、フィジアンの権利は至高であるとの原則を保障する、という矛盾を孕んだ役割が憲法に期待されている。そして、その「矛盾」がアファーマティブ・アクションによって正当化される。

二.憲法:その目的と基礎にある価値
新たな憲法に要請される基本原則が、大きく3項目に分けて列挙される。

(1)憲法原則
憲法が備えなければならない7つの要件が呈示される[8]。

(a)憲法は、フィジー国民が、新鮮な出発ができるような国の政府を備えていること。

(b)憲法は、すべての市民に一般的に受け入れられるものであること。

(c)憲法は、政府諸機関の行為を統制するものであること。

(d)憲法は、個人の人権及び集団の権利を保障すること。

(e)憲法は、「法の支配」や「権力の分立」といった重要な価値を促進するものであること。

(f )憲法は、統治の基礎として恒常的に機能すること。

(g)憲法は、理解しやすい言語(accessible language)で書かれ、フィジー語及び ヒンズー語に翻訳されること。

 ここで要請されているのは、諸民族の融和を基礎とした複合民族国家としてのフィジーの形成と、権力制限規範としての成文憲法という観念を基礎に、「人権保障」・「法の支配」・「権力の分立」といった近代立憲主義の基本原則に基づく憲法の制定と、それによる立憲政治の確立といえよう。

(2)国民統合・権利保障の原則

1. 人種間の融和・国家統合・すべてのコミュニティーの社会的経済的進展を促進し、

2. 個人の人権と集団の権利に関する「国際的な基準」(international standards)を考慮し、そして

3. フィジー原住民及びロツマン並びにその他のすべてのコミュニティー及び集団の諸権利を保障し、諸利益を保護し、もろもろの関心事に応えるため、次の8つの要件が呈示される[9]。

(a)国家元首(Head of State)の職と国旗・国家のような国家の象徴をつくり(国 家・国民を)統合する力を確保すること。フィジー独自の歴史と国柄を認めること。

(b) すべての市民が共通の名前で自らを記述できる基礎を与えること。

(c) すべてのコミュニティーが、他のコミュニティーの重大関心事、すなわち国民的関心事であると見なすようにすること。

(d) より一層の政治的安定を実現し、投資家の信頼を強化すること。フィジー諸島のすべての市民及びその子供達が将来について安心できるようにすること。

(e) 平等な参政権に基礎を置く下院選挙の実施。

(f ) 過渡的な方策として、いくぶんかのコミュニティー代表を維持すること。

(g) 教会と国家の分離を維持しつつ、キリスト教及び現在フィジーにある他のすべての精神的伝統の重要性を反映すること。

(h) すべての市民の平等な諸権利を認めること。

この中で強調されている点は、フィジー固有の歴史・国柄といった伝統を基礎に、すべてのフィジー国民が平等な権利を持った「フィジー諸島国民」として統合され、諸民族融和による政治的安定のうえに経済的発展が実現される国づくり、そしてそのための制度の整備ということになろう。

 こうして国内の統合・発展に留意する一方で、特に「国際的な基準」の考慮と「投資家の信頼の強化」に言及されている点に見られるように、国内の安定が対外的信頼の確保に無関係ではないこと、とりわけ、外資導入による経済発展の方向にも目配りを忘れない。

(3)紛争解決の原則
フィジーにおけるコミュニティー及び集団間のあらゆる紛争を解決するため、憲法は次の原則を認めるべきである、として2つの原則を呈示する[10]。

1. 政党は、合意に達するため誠実に交渉を進めるべきである。

2. すべてのコミュニティーは、交渉の過程においては、フィジアンの利益の至高性が守られるべき原則としてすすんで適用されるべきことを確認し、それが他のコミュニティーの利益に従属するものではないことを確認しなければならない。

ここでは、フィジアンの利益の至高性の原則を確認しつつ、コミュニティー間の利害調整のための交渉を行い、それが政党間の交渉であるときは、「合意の達成」を目標に誠実に交渉することが留意される。民族間の深刻な対立を回避するための心構えと、フィジアンの利益への特段の配慮が重ねて強調されている。

ここでの憲法は、コミュニティー間の融和促進のための交渉の基本原則を定める準則、となる。

三 国民のアイデンティティーと目的の共有

諸民族の文化の多様性を認めつつ、諸民族の融和による国民統合のためのアイデンティティーの形成が模索される。

(1)アイデンティティーの形成原理
1. (フィジー諸島共和国・フィジー諸島国民) 国名が、フィジー共和国(The Republic of Fiji)に変えて、「フィジー諸島共和国」(The Republic of the Fiji Islands)とすること が提唱される[11]。それとともに、フィジー国民は人種に関係なく、すべて「 フィジー諸島国民」(Fiji Islanders)という共通の名称を称する権利が与えられるようにすべきであるとされる。しかし、このことは、必ずしも憲法に規定される必要はない[13]。

2. (主権民主国家) 憲法において、これまで同様国家は「主権を有する」(sovereign)ものであると規定し、さらに十分に民主的な政治制度のなかで国民生活が営まれることになるという期待を込めて、「民主的」(democratic)国家と規定すること[14]。すなわち、現行憲法第1条の「フィジーは、主権を有する民主共和国であらねばならない」という規定は、「フィジー諸島共和国は、主権を有する民主国家である」と書き換えられるべきである[15]。

3. (公用語はフィジー語・ヒンズー語・英語) すべてのコミュニティーのメンバーは、他のコミュニティーの言語をお互いに学ぶことが奨励される。ただし、これは英語を学ぶ重要性が減ずることは意味しない[17]。また、憲法の冒頭で、フィジー語・ヒンズー語・英語は同等の地位を持つと規定すべきである[18]。国会における公用語は英語と規定した現行憲法66条の規定は改正し、国会の公用語をフィジー語、ヒンズー語及び英語とすべきである。この3言語のいずれかによる演説は、他の2言語に同時通訳されるべきである。ただし、議事録は英語で記載される[20]。

憲法も、フィジー語、ヒンズー語及び英語の3種類の言語で採択されるべきである。それぞれの言語による憲法典は同等の権威を有し、法典間に明らかな不一致がある場合は、条項の真の意図と意味を導きだすため、あらゆる状況を考慮しなければならない[21]。

このように、異なる民族間での言語の相互理解を進めると同時に、それぞれの言語の公的地位を同等とし、言語の多様性を認めると同時に共通語としての英語の重要性に配慮している。諸民族の言語の多様性を承認した上での、国民的統合のための相互の言語理解が奨励される。

4. (憲法前文の内容) 憲法の前文は、すべての市民に広く受け入れられるように、簡潔明瞭に表現すること[22]。前文で、憲法は、フィジー諸島国民が、自らに与えた憲法であると規定すること[23]。前文は、おもに複合民族社会フィジーの歴史とフィジーで共有されている信念と価値について規定すること[24]。

こうした、基本原則が呈示され、その草案が掲げられている。その中で、それぞれのコミュニティーが、相互の権利と利益を尊重しながら、すべてのコミュニティーの経済的・社会的利益の促進を目指し、調和と統合の中で新たな生活を開始し、すべての個人の基本的人権及び自由、集団の権利・自由の承認を確認し、それが法の支配によって保障されること、並びに、人間の尊厳と家族の重要性が同様に承認され、確認されている。

最後に、フィジー諸島国民は、「この憲法を自らに付与する」という国民主権を宣言したと考えられる文言で結ばれる。この点は、実に興味深い。なぜなら、この文言は、憲法が公権力を行使するものに宛ててのものではなく、憲法制定者たる自らに宛てた「自己制約規範」といった意味に理解できるからである。

(2)コンパクトの作成

憲法は、「フィジー諸島国民の協定」(Compact among the people of the Fiji Islands)に関する条項を含むべきである。これは、たとえ選挙制度が変更されても、すべてのエスニック・コミュニティーに、その権利と利益が、依然として保護されることを再保証すべきである。それはまた、政治指導者と政党に指針を提供すべきである。[26]

コンパクトは、政府の行為がその基礎を置く諸原則を、人々が承認したことを記載すべきである。また、エスニック・コミュニティーと個人にとって最大の関心事であるような領域に関するその他の憲法規定のもとでも、エスニック・コミュニティーと個人の権利について言及すべきである。[27]

裁判所は、コンパクトに規定された諸権利の承認、または諸権利の適用に関し調査する権限を持つべきではない。ただし、これらの諸原則及び諸権利が、憲法または他の法律の規定で承認されている場合は除く。[28]

こうして、コンパクトについての基本原則が示され、[29]では、その基本原則を具体化した草案が呈示される。

(3)コンパクトの原則
 
草案の冒頭で「フィジー諸島国民は、この憲法及び共和国の他の法律の範囲内で、政府の行為が次の諸原則に基づくものであることを認める」とし、それを列挙する。まず、すべての個人及びコミュニティーの諸権利は十分に尊重されなければならないという一般原則を掲げ、尊重されるべき個別の権利が列挙される。
1. 個別の権利の尊重

(a) フィジアンの習慣に従ったフィジアンの土地所有権
(b) 自由所有地の所有権
(c) 小作における地主と小作人の権利の確認及び義務の遵守
(d) 信教の自由
(e) 民族の言語・文化・伝統の保持の権利

2. 市民の権利
フィジアンとロツマンが、他のすべての市民とともに共和国の政府に参加する権利と、それぞれの別個の統治組織を通じて統治に参加する権利が認められる。市民として、すべてのコミュニティーのメンバーは、平等の権利を享受する。そのなかにはフィジー諸島に恒久的な家庭(permanent homes)をつくる権利を含む。市民の権利には、次の権利 が含まれる。

(a) 政党を結成し・参加する権利
(b) 政治運動に参加する権利
(c) 投票権の平等を基礎として、秘密投票による自由で公正な国会議員選挙において、投票し立候補する権利

3. 政府形成の原則
(d) 下院の多数の支持を得ての政府の形成が、さまざまな政党または選挙以前の連合によって形成された選挙の際の支持に基づくこと。必要なときまたは望ましいとき、競合する諸政党の中から連立政権を形成し、それが諸政党の政策の共通性と、すすんでともに政府を構成し支持する気持ちにもとづくこと。

(e) 政府の形成に当たって、そしてその政府による立法・行政の執行を通じて行われる国民に関する政府の行為について、すべてのコミュニティーの利益が十分に考慮されるべきである。

(f ) 異なったコミュニティー間の利益が対立すると思われる範囲において、すべての利害関係政党は、合意の形成にむけての努力を誠意をもって行うべきである。

このように、選挙で表明された民意と諸政党の協調による連立政権の形成、政府によるすべてのコミュニティーの利益への配慮、そしてコミュニティー間の利益対立の解消にむけての諸政党の誠実な努力が求められる。

(4)憲法の解釈原則
憲法は、その解釈規定を置くべきであるとして、憲法解釈の指針を示す条項の挿入を提案するとともに、その草案も示される。[30]

1. この憲法は、フィジー諸島共和国において折々に生起する諸状況に適用される。

2. 憲法の意味は、全体としての憲法の精神を考慮しながら、文脈及び憲法の目的に照らして読み取られる条文のなかから確認される。

また、憲法の解釈にあたる者は、次の事項に留意すべきである。すなわち、文脈、目的、及び精神の確認に当たっては、すべての関連事項を考慮すべきである。その中には、特定の条項が基礎をおく国際的な文書、及び憲法自身の中で表現されている諸価値を含む。[31]

このように、解釈の指針が提示され、憲法はフィジー国内の諸々の状況に例外なく適用されること、そして憲法条文の解釈に当たっては、特に憲法の精神を考えながら、条文の立法趣旨、文脈、国際的な文書、憲法自身の表現する諸価値を考慮することが要請される。

以上のように、憲法の基本原則・基礎理念が『報告』の冒頭に掲げられ、憲法改正構想の基本が提示される
5結びに代えて
90年憲法との比較において、『報告』の主要変更点と新憲法の基本理念・基本原則について報告した。この『報告』は、昨年9月10日にランブカ首相から国会に提出され、その後、国会の特別委員会(Select Committee of Parliament)の審議に付された。その結 果は、本年(1997年)7月に国会に提出される予定である。その後の日程は不明であるが 、憲法の規定では、改正は、国会の定める「憲法改正法」(Act of Parliament to alter this Constitution)によって行われる(77条2項)。その際、原則として、両院の総議員の3分の2以上の賛成が必要となる(77条3項)。

 果たしてどのような草案が作成され、どのようなプロセスを経て改正憲法が成立するのか、現段階で正確に予測することは難しい。しかし、この『報告』で示された基本原則から大きく逸脱することはないと考えられる。『報告』の中でも言及されているように、「投資家の信頼強化」とそのための個人の人権と集団の権利についての「国際的な基準」の考慮は避けて通ることのできない道であろう。ここには、フィジーの経済発展・雇用の確保、といった現実の切実な経済・社会問題の解決がかかっているからだ。

 こうした視点に立つとき、憲法問題の帰趨もおのずから一定の方向にむけて推移するものと考えられる
(注)
(1)委員会は、NZ生まれで、元NZ総督のポール・リーブス(Sir Paul Reeves)を委員長とし、与党SVT推薦のフィジー生まれのフィジアンで、下院議長や大臣を歴任しトマシ・ヴァカトラ(Tomasi Rayalu Vakatora)、及び野党推薦のフィジー生まれのインディアンで、歴史学者・政治学者であるブリジ・ラル(Dr Brij Vilash Lal)博士の3名で構成される。(The Review, November 1996, p.16.)

(2)THE FIJI TIMES, Sptember 11, 1996. 『リーブス報告』の特集号である。『報 告』の全文が掲載され、主要改正項目と各界の反応が掲載されている。本紙の入手に当たっては、小川和美氏(日本女子大学講師)の協力を得た。

(3)インディアンの海外移住は、クーデタ以前からの傾向であったが、87年のクーデタ以降その傾向に拍車がかかった。その結果、1986年の人口比がフィジアン:インディアン=329,305:348,704(人)であったのが、92年には、368,709:340,687と逆転し、今もその差は拡大しつつある(Pacific Islands Yearbook, 17th.ed.,1994, p.163.)。STV は、今後の人口構成の変化を、2001年までにはフィジアン:インディアンの人口比が、54.7%:42%、2011年までには59.6%:38.4%と予測し、90年憲法の下院議席配分比は2009年には人口比に相応したものとなるとして、この規定の変更に疑問を呈している。(The Constitution Review Commision, Submission by the Soqosoqo ni Taukei,p.91. October 1995, Suva, Fiji.)

(4)Fiji Republic Gazette, p.498. Constitution of Sovereign Democratic Republic of Fiji, Government Printer, Suva, Fiji, 1993. 所収.

(5)Constitution of Sovereign Democratic Republic of Fiji, Government Printer, Suva, Fiji, 1993.

(6)The Review, June 1995, p.19.

(7)Ibid.,pp.12-13.

(8)Ibid.,p.13.

(9)Ibid.

(10)Ibid.

(11)Ibid.

(12)一例を挙げれば、与党SVT案では、下院を90議席とし、うち58議席をフィジアン、2議席をロツマンに与え、残り30議席をインディアンに20議席、その他の人種コミュニティーに2〜4議席配分している。(The Constitution Review Commision,Submission by the Soqosoqo ni Vakavulewa ni Taukei, p.126., October 1995, Suva, Fiji.)

(13)Pacific Magazine May/June 1996, p.9.

(14)The Fiji Times report of the Constitution Review Comission, pp.1-12.The Fiji Times, September 11, 1996. 所収
* 本稿は、平成8(1996)年12月28日にアジア会館で行われた第153回「オセアニア研究会」での報告をもとにまとめたものである。