PACIFIC WAY

     
     太平洋、熾烈な中・台の外交合戦
 
 

小 林 泉( こばやし いずみ )

  この1月末、台湾の陳水扁総統がパラオ、ソロモン諸島を訪問、また5月にはマーシャル諸島、キリバスにも行く予定を立てている。旧宗主国以外のトップ政治リーダーが自ら島嶼諸国に出かける例がほとんどないだけに、受け入れた島嶼国側も極めて強い印象を持って好意的に歓迎した。この陳総統の太平洋島嶼国歴訪は、言うまでもなく、明確な政治的意図に基づいた外交行動である。

  ここ十数年、島嶼国を巡って中国と台湾による熾烈な外交合戦が繰り広げられている。一つの中国論によって、1971年に台湾(中華民国)が国連での議席を中国(中華人民共和国)に明け渡して以降、台湾は諸外国との外交関係を徐々に断ち切られ、冷戦が終了した90年以後は一気に守勢に立たされた。そのため、いまでは僅かに26カ国と外交関係を結んでいるにすぎない。

  その台湾が、自らの存在をかけて外交関係の維持、拡大のターゲットとしてきたのが、カリブ海や太平洋の島嶼国だった。プロジェクトで不足した部分の財政を支援したり、農業技術の普及農場を開設するといった地味ながら着実な援助方式によって、不利な条件下にありながらも島嶼国との関係を深めてきたのである。ところが中国経済が急成長した近年、ここでも台湾の優位は揺らぎはじめた。これまでさほど眼中になかった島々に関心を向けた中国が、次々に外交関係を樹立していったのだ。さらに、台湾の友好国となっていた国々に対しては、対外債務の肩代わりや政府庁舎の建設といった大型の援助攻勢をかけて、外交関係の変更を迫っていった。その結果、太平洋地域ではトンガ、パプアニューギニア、ナウルといった国々が中国に鞍替えしてしまったのである。

  中国の太平洋進出がスムースに推移した状況を80年代の冷戦時代と比較すると、隔絶の感がある。ヴァヌアツやキリバスと漁業協定を結んで数隻のソ連漁船が域内に入漁したときは、「漁業を隠れ蓑にした情報収集行為」だとして西側諸国が一斉に神経を尖らせ、こぞって援助を増額した。共産主義国家ソ連との関係を継続させないためだ。しかし冷戦構造が消えた今は、共産中国への警戒心や違和感を抱く旧宗主国はない。もとより島嶼国は国際政治の動向を敏感に外交政策に取り入れる余裕はないから、援助をたくさんくれる国が何処よりも大切になる。だが、こうした国際情勢や中国自身の変化に、ことのほか危機感を募らせているのが台湾だ。なにしろ島嶼諸国は、台湾にとって死守しなければならない最後の砦なのだから。陳総統の島嶼国訪問も、こうした文脈の中で捉えることができる。

  とはいえ太平洋に限っていえば、台湾は守勢に回っているだけではない。パラオやマーシャルとは独立以前から交流を深めているし、03年には、これまで中国と国交のあったキリバスを台湾側に引き込むのに成功した。現在の中・台外交関係勢力比は、域内12カ国のうち中国7、台湾5だから、台湾が大いに健闘していると言っていいだろう。

 ごく最近では、ヴァヌアツの事例が両国の熾烈な戦いぶりを表わしている。昨年の11月3日に、ヴォホール首相が突然、台北で台湾との外交関係樹立を表明した。これに即反応した中国は、「これまで国会議事堂、南太平洋大学キャンパス、外務省庁舎等々を建設し、医師、教師、卓球コーチ等を派遣してきたのに、これでは、いま進行中の援助だけでも1千万ドル以上を失うぞ」と脅かし、不快感を露わにした。ヴォホール首相も「一つの中国論はあちらの問題で、我が国はどちらとも仲良くすべきだ」と議会や国民に説明し、国家の財政的窮状を訴えたのである。だが、台湾との国交は閣僚たちにも事前に知らされていなかったため、帰国一週間後の閣議で台北合意は拒否され、これが直接の原因で12月に政権が交代してしまった。もちろん、台湾との関係も白紙に戻された。そして年明け早々の1月3日、新しく登場したリニ首相は、中国から貨客船2隻分の建造費(約10億円)をもらう合意書に調印したのである。これに対して「民主主義国家である我が国は、中国のような小切手外交はできないが、ヴァヌアツ国民が真に必要とする分野へ援助する用意はある」と台湾の高外務次官は語っている。

  これと同様の政変は、99年にパプアニューギニアでも起こった。時のスケート首相が訪問中の台湾で国交樹立、中国と断交すると発表したのである。しかし、このときも議会の総反発を受けて、スケート首相は帰国直後に辞任にまで追い込まれてしまったのである。

  台湾の活動地域に中国が援助攻勢をかけるというやり方は、まるでモグラ叩きのように見える。だが中国の島嶼重視は、必ずしも両国の特殊な関係性を反映するだけの政治行動ではなく、漁業資源や自国海域から続く海洋空間への勢力圏拡大を意図しているのは間違いない。太平洋は昔も今も、「戦略の海」なのである。 こう認識するのなら、日本も戦略性に欠ける従来の島嶼地域への接し方に危機感を感じるべきだ。これまで仲良しのお友達だと思っていたのに、気がついたら中国や台湾の方に顔が向いていたというのでは、話にならないからだ。日本外交に戦略性や主体性が欠如しているのはなにもここだけではないが、とりわけこの地域に関しては、豪州や米国に気兼ねしてきたように思える。しかし、日本には漁業、捕鯨、環境、貿易、シーレーン等々で、島々と協働していかねばならない諸問題が山積しているではないか。それゆえにこそ、明確な国家意志を示せるような太平洋外交の戦略を早急に構築し、実行に移すべきだ、と私は思うのである。

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