PACIFIC WAY

太平洋島嶼国議員は、拉致問題の決議案にどう対応したか?
〜アジア太平洋国会議員連合総会における議論から〜

太平洋諸島地域研究所
   主任研究員 小川和美 (おがわかずよし)


はじめに
 去る12月2日から5日にかけて、第36回アジア太平洋国会議員連合(APPU)総会が東京で開催された。APPUは議員外交推進を目的にアジア・太平洋地域の23カ国・地域が加盟しており、今総会には太平洋島嶼地域からも、クック諸島、トンガ、ツバル、キリバス、マーシャル諸島、ミクロネシア連邦、パラオの7カ国から国会議員団が出席した。

 APPU総会では、毎回様々な決議が採択される。決議は誰もが合意できそうな一般論を語るものが多いのだが、時として政治的経済的に微妙な問題が決議案として提案され、各国の利害が対立して紛糾することがある。今時大会で紛糾したのはホスト国日本が提案した北朝鮮による日本人拉致を非難する決議案だった。

 この拉致問題への議論の中で、太平洋島嶼国の議員たちはどのような発言をし、如何なる立場をとったのか。

 これまでこの拉致問題に対し、太平洋島嶼国が公式に発言したことはまったく報じられていない。また各地の新聞にこの問題が掲載されることもほとんどない。そうした中で、今回APPU総会における各国議員の反応は極めて興味深いものだった。と同時に、太平洋諸国と日本との関係を今一度考え直す上で、示唆に富んだものであった。

 筆者はこの会議にAPPU事務局をお手伝いする形で出席・傍聴した。本稿では、この議論の一部始終を報告したい。

 
アジア太平洋国会議員連合(APPU)とは
 まず最初に、簡単にAPPUの概要と性格について紹介しておこう。

 アジア太平洋国会議員連合は、1965年、岸信介元総理大臣の肝いりで、アジアの国会議員が手を携えて政府間外交を補完するすることを目的に日本、韓国、フィリピン、タイ、そして台湾(当時は「中国」として国連に加盟)の5カ国を設立メンバーとして結成された国会議員の国際組織である。当初はアジア国会議員連合と称していたが、その後太平洋諸国が次々と独立、加盟したことから、1980年にアジア太平洋国会議員連合と改称し現在に至っている。加盟国は現在23カ国・地域(1)。40年近い歴史の中で、様々な取り組みや成果をあげてきたが、本稿では割愛させていただく。

 岸信介氏を中心として設立に主導的立場をとった日本議員団は、その後、桜内義雄(元外務大臣)、長谷川峻(元労働大臣)、原田憲(元運輸大臣)と団長を代え、1996年からは関谷勝嗣参議院議員(元郵政大臣)が団長を務めている。

 APPUでは、日本が中国と国交を回復した後も、引き続き台湾を加盟国としており、従って中国は参加していない。もともと「域内への共産主義の浸透を防ぐ」ことを目的とした発足の経緯や、こうした事情もあって、保守派色が強いと評されていた時代もあり、また実際に会員議員はほぼ自由民主党の議員で占められている(2)

 長い歴史の中で、設立以来の大物政治家が次々と現役を退き、また日本政府が中国一辺倒となって久しいこともあって、近年ではマスコミに登場することは少なくなっている。しかし、経済的には大きな繋がりがありながらも、公式にはほとんど接触のできない台湾を加盟国に抱えて存在しているAPPUは、日本として多様な外交チャネルを確保していく上で、有用な組織であろう。


決議案採択と日本議員団の取り組み
 さて、APPUでは、ほぼ毎年開かれる総会の中で、各国議員団が様々な決議案を提出し、それを議論した上で採択する。採択に際しては、各国の友好親善強化も大きな目的であるため、多数決によらず全会一致方式を採用している。決議案に対して見解の相違がみられた場合には、もっぱら対話による合意を目指し、全会一致での合意ができなかった場合には決議案は不採択となる。従って多くの決議案は、民主主義や経済関係の強化を目指す一般的なものになり、通常大きな対立や議論を引き起こすことはない。今回もほとんどの決議案は字句上の修正を別にすればさして紛糾することもなく、順調に採択されていった。

 そうした中で、今回ホスト国となった日本議員団が提案した決議案は、実質的には本稿で取り上げる拉致問題に関するもののみである(3)。総会開会にあたっても、議長国代表として演説した関谷日本議員団長は、「日本議員団は北朝鮮による日本国民拉致に関する決議案を提出した」とその挨拶の中でふれ、「この決議案の意義は大きく・・・・今時総会にて代表団のみなさまによる北朝鮮に係わる問題につき、真摯な議論を期待します」と、この決議にかける意気込みを盛り込んでいる。日本議員団にとっては、主催国として大会を成功させることとともに、本決議案の採択は最大の目標だったわけである。

 
拉致問題決議案に対する議論(第二日:政治分科会)
 さて、各国議員団から事務局に提出された各決議案は、各分科会に振り分けられ、その議論を経て最終日の総会で採択される運びとなる。日本議員団の提出した拉致問題決議案は、政治分科会にまわされ、12月3日午後に議論された。そして、各決議案がさしたる異論、疑問もなく承認される中で、唯一紛糾し、その議論にほとんどの時間を費やしたのが、この拉致問題決議案であった。

 冒頭、日本議員団の山東昭子参議院議員から、趣旨説明と各国議員団への賛同要請が行われると、さっそく韓国議員団から疑問と決議採択への難色が示された。議論の詳細は本稿の主題から外れるので省略するが、どうも韓国議員団は、現在太陽政策を継続する中で、北朝鮮を名指しで非難することは避けたいということのようであった。両者の議論は平行線をたどった。韓国議員団側が理由をあげて疑問を呈すると日本側が反論、韓国側が「それはわかるがその他にもこういう点で賛成しかねる」、日本側「それはこうだ」、韓国側「それはわかるが、その他にもこの点が問題だ」、日本側「それはこうだ」というやりとりが繰り返された。客観的にみて議論は日本側に理があったと筆者は感じたが、さりとて韓国側は決して退こうとはせず、あれやこれや理由をあげては頑強に抵抗する。見かねた台湾議員団等から字句を修正して表現を穏和にしたらどうかとの仲介提案も出されたが、日本側はそれを一蹴、議論は膠着状態に陥った。

 ここで困った議長(タイ代表)が「まず議論を続けて決着を図るか、来年の総会に先送りにするか採決をしよう」として、挙手による採決が行われた。その結果、「議論を続けて決着を図る」派が多数を占めたのだが、すかさず韓国議員団から「憲章規定である全会一致にならなかったので本件は終了になるはず」との動議が出され、これを議長が受け入れて分科会における本件議論は終了、結局「先送り」(実質的に今次総会での不採択)が決定した。
 

政治分科会での太平洋諸国の態度
 さて、こうした一連の議論の中で、太平洋諸国の代表はいかなる態度をとったのか。結論から言うと出席したすべての国が日本側についた。

 太平洋諸国から政治分科会に出席していたのは、クック諸島、ツバル、ミクロネシア連邦、パラオの代表議員であった。

 このうちもっとも積極的に発言したのがクック諸島で、まず韓国が疑問を呈するや、真っ先に決議案文の修正による日韓の妥協を提案、受け入れられないとみると、「拉致は普遍的な人道問題だ」、「政治決議をあげることができるのがAPPUのすばらしいところであり、こうした問題に決議をあげるか否かはまさにAPPUの存在意義が問われるところだ」等として、強く本決議の採択を支持した。そしてその他3カ国も「決議案を支持する」とし、上述の採決の際には日本に同調して「議論を続けて決着を図る」側に立った。

 拉致問題決議案は、結局上述のように全会一致とならなかったことで日本側の敗北という結果になったものの、採決に際して日韓が対立する構図となった際には、太平洋諸国の支持を受けたことで日本側が数の上では多数派となり、日本はかろうじて面目を保った形となったのである。

 ちなみにこの分科会に出席していたアジア諸国(両国の妥協を提案していた台湾と、議論に際しては一切発言しなかったフィリピン)は、採決に際しては「先送り」側にまわった(4)。アジア諸国が「先送り」に与した真意は、各国代表に尋ねていないのでわからないが、議論の中では韓国に同調していたわけではなかった。恐らく決議案自体に難色を示したのではなく、韓国が難色を示している以上採択は無理でありこれ以上話し合っても無駄、という意向ではなかったのかと思われる。いずれにせよ「日本の応援団」にはならなかった。

 APPUの決議原則として「全会一致」があり、韓国がNOを出している以上、現実的方策として「先送り」を選択することは十分理解できるところではある。むしろ「何とかして採択に結びつけるべきだ」とした太平洋諸国の方が、状況からして非現実的なのかもしれない。彼らは「拉致問題は人道問題」という原則論に立ち、会議後彼らの中の数人とロビーで雑談した際にも、筆者に対して「(拉致問題決議に)難色を示す理屈が理解できない」などと語っていた。しかし、彼らの投票態度は、むしろそうした原則論そのもの以上に、「日本がこれだけ主張しているのだから」という情緒的な点が大きく、そして「日本と韓国とどちらにつくか」という政治的判断も働いたのではないかと筆者は推測している。上記投票態度にアジア諸国と太平洋諸国が見事に2分されたのは、たまたまの偶然であろうが、国際外交場裏での日本のポジションを象徴した形となったという感が筆者には強い。


拉致問題決議案の結末(第三日:総会本会議)
 本題とはやや離れるが、分科会で不採択に終わったこの拉致非難決議案の結末について述べておく。

 韓国議員団の反対にあって最大の目標だったこの決議案が葬られたことは、日本議員団にとって青天の霹靂であり、大きな痛手であった。韓国の反対が事前根回しの不足によるものだったのか、韓国議員団内部の連絡不徹底によるものだったのかは、残念ながら筆者にはわからない。しかし不採択という結果に驚く日本議員団の姿やその後の動きを見ると、後者だったのではないかという印象を筆者は持っている。

 さて、不採択という結果を受けて、筆者は率直なところ今回の総会におけるこの問題に関する議論はこれで終了したと思った。ところが日本議員団の対応は違った。というのも、翌朝早く、日本議員団側は韓国議員団のトップと接触し、決議案の字句を修正して北朝鮮名指し色を薄めることで、韓国議員団の了承を取り付けたのである。このあたりの具体的交渉の中身については残念ながら直接現場に立ち会ったわけではないのでわからない。しかし筆者は、関谷議員団長と韓国議員団長(政治分科会には出席していなかった)の長年の交友関係と信頼関係が、韓国側の軟化を引き出したのではないかと睨んでいる。朝早く事務局に顔を出した関谷議員団長は、韓国議員団長と直談判をすべく指示を出し、矢継ぎ早に携帯電話をかけ、そしてどこかに出かけていった。そして結局、韓国議員団の説得に成功したのである。

 じつは韓国議員団は分科会翌日の12月4日、韓国国会で特別検察官問題での採決があるという報を受けて、同日予定されていた総会本会議を前にこの日の午前中に急遽全員が帰国してしまった。従ってこの日の早朝の動きは、まさにギリギリの交渉であり逆転劇だった。幼稚な感想ではあるが、日本議員団の動きには、さすがは結果勝負の政治家だと驚いた次第であった。

 さて、上記結果を受けて日本議員団は、前日の分科会で「先送り」と決まった拉致問題決議案を、一部文言を修正した形で総会の場において再上程した。そして韓国議員団は総会会場にはいないが、「話はついている」と説明した。いくつかの国からは、驚きとともに手続き的にここで採択していいものか、という感じの意見が出されたが、日本議員団の何が何でも決議は通すとする姿勢に、会場は「まあいいか」という雰囲気になった。ところがここで頑強に抵抗したのが前日の分科会で議長役を務めたタイだった。

 「拉致問題の重要さは認めるし、それ自体に何ら異論はないが、前日に韓国が主張していた懸念はこの修正決議案ではクリアされていないし、もはや韓国側から直接意見を聞くことはできないのだから、今回の決議は見送るべきだ」とするタイ側に対し、日本側は「韓国の承認はすでに得ている」と強硬に主張して一歩も譲らず、議論は紛糾した。にっちもさっちもいかなくなったため会議が中断すると、ここで台湾が仲介に立ち、決議案文をさらに修正する形で日本とタイに妥協を促し、結局両国がこれを受け入れて最終決議案が採択された。

 この総会本会議の場でも、太平洋諸国の議員たちは、日本擁護の立場で発言した。「韓国がいないのに・・・・」という声に「韓国が良いといったのなら問題ないではないか」としたり、「日本を支持する。決議を採択すべきだ」というような日本寄りの発言が、太平洋諸国の代表団から次々と出された。議論が紛糾する中で(日・タイ間で非公式に妥協点を探らせるべく)「総会の一時中断」動議を出したのはミクロネシア連邦の代表団だった。
 

日本外交における太平洋諸国の重要性
 翻ってみるに、APPUにはアメリカも中国も、オセアニアの大国オーストラリアも加盟しておらず、彼らの動向を気にすることなく太平洋の国々が「日本を選択」するにはあまりためらう必要のない加盟国構成である。そうした点を割引いてみても、上記採決での投票行動や、各代表団の一連の積極的な日本支持発言は、筆者にとっては軽い驚きであった。コンセンサスを重視する社会である太平洋の代表たちは、自らの利害関係にない問題で予期せぬ対立が生じた場合には、旗幟を鮮明にせずに問題を先送りする方向で動く傾向があると思っていたからだ。今回の場合も「先送り」に与したところで論理的には決議案に反対したことにはならないのだから。

 憲章改正を取り扱う分科会では、議事進行に不慣れでうまく話をまとめられない議長に代わって、日本が提案した憲章改正決議案の採択のための議論をリードしたのは、クック諸島の代表(ジェフリー・ヘンリー議員=元首相)だった。クック諸島は日本と政府間では国交はなく、クック諸島側の国交樹立要請に対して日本政府は消極的な態度を示している(5)。経済協力もほとんど行っていない。その程度の関係にもかかわらず、クック諸島議員団は、英語の議論に不慣れな日本議員団をバックアップし、鮮明に日本寄りの姿勢を見せた。他に比べて相対的にクック諸島議員団の活躍が目立ったのは、参加議員の資質の問題もあるだろうが(6)、端で見ていてもたいへん力強い味方として動いていたように思われる。

 もうひとつエピソードをあげてみたい。経済分科会で、トンガとPNG(欠席)が共同提案していた「南太平洋捕鯨サンクチュアリーを推進する決議案」が討議された時である。この問題は、太平洋諸国にとってはホットイシューの一つで、捕鯨全面反対のオーストラリアとニュージーランドが積極的に各島嶼国に働きかけているもので、これに対して日本は国際捕鯨委員会(IWC)などの場で真っ向から反対している。この決議案は恐らくトンガとPNGの、豪・NZの立場に賛同する議員の提案によるものだろうが、多くのアジア諸国にとってはそれほどの関心事ではないし、太平洋諸国にとっては「ビッグ・ブラザー」の意を受けた仲間が提案した決議案だから、仮に反対でも先頭切って発言するのはためらわれるところで、これを潰すには日本が口火を切らなければならない。この決議案を審議する際、ある太平洋諸国の代表(彼らがややこしい立場にならぬよう、ここでは敢えて国名は挙げない)が、繰り返し「日本は反対しないのか。反対すれば同調するぞ」と日本議員団に耳打ちをした。この国は公式には「捕鯨サンクチュアリー問題」で豪州・ニュージーランドに反旗を翻している国ではない。

 むろん、政府の立場と、「議員団」とはいえ一国会議員の立場とは異なるが、逆に言えば、日頃日本政府と接触する機会はさして多くないこうした国会議員(この人物は少なくとも我々の間で親日派・知日派として知られている人物ではない)レベルにまで、日本に肩入れする志向が見受けられたのである。今回筆者が経験した一連の動きは、太平洋諸島側の日本に対する思いを推し量る上で極めて印象的であった。

 日本政府は、太平洋島サミットの開催を始め、様々な形で太平洋諸国との連携・強化を推進しているが、率直に言ってまだまだ太平洋諸国への関心や意識は低く、日本外交の中でのプライオリティが高いとはいえまい。また今回のAPPU会議をみていても、太平洋諸国の議員たちと個人的友誼関係を結ぼうとする日本の議員は数少なかった。日本の指導者たちが、より一層太平洋諸国に目を向けることは、太平洋の島々を愛する筆者の個人的願望であるとともに、日本という国にとっても大切なことではないかと痛感している。
 

<付記>
 本稿執筆にあたっては、APPUに特別に執筆のご許可をいただきました。機微な点にまで踏み込んだ形で筆者が見聞したことを発表することについてご承認下さったAPPU関係者、特に日本議員団長の関谷勝嗣参議院議員と若杉慎中央事務総長に篤く御礼を申し上げます。



(1)加盟国は以下の通り。日本、中華民国(台湾)、韓国、タイ、マレーシア、フィリピン、ラオス、モンゴル、ナウル、バヌアツ、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島、ソロモン諸島、パプアニューギニア、トンガ、サモア、キリバス、クック諸島、ツバル、フィジー、パラオ(以上正加盟国)、北マリアナ、グアム(以上準加盟国)。また近年はベトナムも毎回オブザーバー参加をしている。

(2)自民党以外の議員には、西村眞悟議員、田村秀昭議員及び玉野貞夫議員の旧自由党系民主党議員がいる。

(3)正確には議事手続きを修正するための憲章修正決議案も出したため、日本議員団提出決議案は2件だった。

(4)タイは議長として投票せず。また筆者が後方から見ていた限りでは、マレーシアも「先送り」に挙手していたようにもみえたが、議長は5対3と宣言したため、マレーシアが棄権したのか「先送り」に与したのかは不透明。

(5)クック諸島はニュージーランドとの自由連合「国」だが、アメリカとの自由連合国であるミクロネシア3国と異なり、国民はニュージーランドの市民権を有し、ニュージーランドパスポートを使用していることが最大の理由ではないかと思われる。

(6)クック諸島からは上記ヘンリー元首相を筆頭に議論上手の大物議員たちが参加していた。



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