PACIFIC WAY


巻頭言・環礁島は海面上昇で沈むか


   小林 泉 (こばやし いずみ)


 開発問題を議論するとき、近年では地球環境との関連は欠かせない事項になった。とりわけ環礁島の多い島嶼国あるいは国土の全てが環礁であるマーシャルやツヴァルのような国家にとっては、温暖化による海面上昇が最大の関心事である。水位が1メートルも上がれば、国土の半分は水没してしまうからだ。島嶼諸国が二酸化炭素の排出量を規制する国際合意である京都議定書の発効を熱望する切実さは、ここにある。

 2001年12月3日付の読売新聞に載ったアメリカの環境保護活動家レスター・ブラウン氏の論文は、こうした島々の不安を紹介し、先進諸国の対応に警鐘を鳴らしている。彼の伝えるところによれば、温暖化による海面上昇が深刻化するツヴァルでは、祖国放棄を宣言して1万1,000人のツヴァル人が移住したいとオーストラリアに求めたが拒否され、ニュージーランドからは色よい返事がもらえなかったという。これを読めば、「あれあれ、大変だ。もうそこまで深刻な事態になっているのか」と誰しもが思うにちがいない。だが、事実はこれとちょっと違う。移住拒否や難色を示した豪・NZとの間には、純粋な環境問題だけではなく、政治・社会の問題が絡んでいるのだ。

 ツヴァル人口は約1万人。なのに1万1,000人の移住希望とは、国家人口を上回る数である。この人口差は、どうしたことか? ツヴァルも他の島嶼諸国と同様に、年率3%以上で増え続ける人口増に頭を痛めている。ポリネシア、ミクロネシアの小さな島嶼地域では、増加する人口を国内では抱えきれずに、近隣先進地域への出稼ぎ、移住により、居住人口の増加率をなんとか1%台に留めてきた。そして、国外に出た人々が、親類縁者に送金する外貨が島嶼経済を支える最大の生産行為になるという仕組みが成り立っているのである。それゆえ、現金取得に繋がる国内産業をもたない極小島嶼にとっては、移住先と海外送金がなければ、国家の存続すら危ぶまれる事態に発展する。これは、海面上昇よりも、目前の大問題なのである。

 ツヴァルは、国内人口の3割以上が海外に居住していると言われるが、その多くは、近隣のナウル共和国に出稼ぎに出ていた。ナウルも国土21平方キロの極小国だが、一島の全てが燐鉱石に被われ、これの輸出で一人あたりGDPにして世界有数の金持ち国だった。ところが、10年ほど前にほぼ資源が枯渇し、いまでは細々と残存鉱石を掘り出すだけになっている。これにより、出稼ぎ労働者の働き口も激減し、ツヴァル人は帰国を余儀なくされているのである。とはいえ、ツヴァルの国土も26平方キロにすぎず、しかもそれが9つの島を寄せ集めた合計の面積だから、千人単位の人間をいっぺんに受け入れるスペースに余裕などあるはずがない。たちまち社会不安が高まってきた、というわけである。ツヴァルが豪・NZに大量移民を申し入れたのも、その数が公表されている国家人口よりも多いのも、こうした社会背景があるからなのだ。

 とはいえ、ブラウン氏が言う海面上昇への危機が、単なる口実として使われたわけではない。このところの異常気象により熱帯性のサイクロンが頻繁に発生し、低地の浸水頻度が増したり、以前には気づかなかった海岸砂部の浸食が起きているのは事実である。こうした変化が地球の温暖化現象に結びつき、人々の不安をつのらせているのだ。
 しかし、これらの変化が、温暖化による海面上昇が原因なのか、異常気象による一時的現象なのかは、実際のところ明らかではない。ブラウン氏らの環境保護活動家が言う海面上昇は、世界的な気候変動と温暖化傾向から見た地球環境の将来予測を根拠としているが、実際に島嶼の海位を実測したデータに基づいた主張ではないのだ。オーストラリアのフリンダーズ大学にある国立潮位研究所は、ツヴァルを含む島嶼各地に10年以上前から潮位観測器を設置して測定を続けているが、潮位上昇を裏付ける科学的データは上がっていない。同研究所のシェレル所長は、「ツヴァルのフナフティでの過去8年間におよぶ観測値を分析した結果、水位上昇はなかった」と結論づけているのである(Pacific Islands Report, Nov.19, 2001)。


 温暖化による海面上昇が生じることによる損害は、単に島嶼国だけでなく、海岸線を有する全ての国に及ぶ大問題である。それゆえ、科学的根拠が証明されるまで、打つべく手を控えるのは得策ではない。疑わしきものも含めて、あらゆる手段をとるべきだろう。しかし、島嶼諸国の脆弱性を考える場合、海水の浸入だけではなく、許容を超えたヒトやモノの流入にも敏感に反応する社会であることに留意しておかねばならない。温暖化現象もさることながら、これに目を奪われ、目前の解決すべき深刻な社会問題から目が逸れてしまってはならないからである。